今日もあの日(beta)

何気ない日常とか言ってるうちが華です.

人工知能とクイズ王の夢の先

IBM 奇跡の”ワトソン”プロジェクト:人工知能はクイズ王の夢を見る

これの読書録。

IBMの”ディープブルー”が1997年にチェスの世界チャンピオンを破った時、僕はまだ7歳だった。当時の僕はそんなことは知る由もなく、この事を知ったのは中学校に上がった頃だったと思う。チェスのルールは未だに知らないけれど、その時ですら”コンピュータが人間に勝った”というのは僕にとって衝撃だった。しかもコレは後で知ったことだが、ディープブルーはチェスそのものを教えてもらっていない。そして2011年2月16日、同じIBMの”ワトソン”がジョパディ(下記)でグランドチャンピオン2名を打ち破った。

IBM 質問応答システム“ワトソン”がクイズ番組に挑戦! - Japan

15テラバイトのメモリ・2880個のCPU・2億ページ分のデータを駆使して史上最強のクイズ王と対戦中のIBM製スーパーコンピューター「WATSON」とは?

この本は、その”ワトソン”の開発経緯からグランドチャンピオンとの対決までの一連の流れについて記述されているが、副題”人工知能はクイズ王の夢をみる”とある通り、人工知能を始めとする人間と機械の共存についても触れられている。

 

ジョパディについて触れておくと、単純にいえば賞金付きクイズゲームである。

ジェパディ! - Wikipedia

このゲームでコンピュータが勝つためには…

  1. 問題に正解すること
  2. 戦略的に賭ける金額を決定できること

の2つが必要となる。物凄く簡略して言えば、まさに”人間的な”技能が求められる。と言うのも、問題に正解するためには問題文を理解しなければならず、そこには当然コンピュータが理解しにくいニュアンスなども含まれる。しかも、回答の時は「~~とは何ですか?」と質問の形式で返さねばならない。そう、デイビッド・フェルーチを初めとしたチームは”人間の言語と知識を扱える機械”を作りたかった。それも高い水準で。

当然最初はトンチンカンな答えも返したりして開発陣の頭を悩ませるのだが(技術的な話は割愛)、性能が上がっていくにつれて別の問題が発生する。当初は技術的な挑戦だったのだが、当然多額の資本を投下して、尚且つジョパディに出演して大衆の目に触れるという事情があったのだから、それは最早技術的な挑戦だけで終わらなかった。それは”一人(一体)のパフォーマーを創り上げるという挑戦”へと変化していった。ジョパディ1回の挑戦で今後のIBMの業績が大きく左右される。ワトソンはIBMブランドの全てを背負うことになった。

超高速マシンにはロマンがある。書中ではレシートにその人が欲しがりそうな商品のクーポンを載せる(客が商品を購入した段階でそれまでの顧客データを参照し、その人が次に欲しがりそうな商品を超高速でリストアップする)という例があったが、他にもできそうな事は多い。僕が思いつくシーンは、テスト問題の正誤によって次に解くべき問題が瞬時に教えてもらえる教育プログラムなんかだろうか。格ゲーやSTGなどの練習プログラムなんかが組まれたらそれは凄い面白いかもしれない。しかし、これらはとんでもない破壊的イノベーションだ。本来は人間がやっていた仕事を機械がやるようになってしまう可能性を意識せざるを得なくなる。ネオラダイト運動どころの騒ぎでは無くなってしまうのでは…?そうして懸念となったことが、”機械が人間に取って代わる”という脅威を感じさせるという懸念だ。この懸念が、”ワトソン”の名前や外観、そして口調を決定する主要因となった。

ここから派生して、人間と機械の共存についても触れられている。言うまでもないが、機械が人間の仕事を奪ってしまうという懸念に関してだ。書中にこんな節がある。「だが、スマートマシンの目的の一つは、人を雑事から解放し、人にしか楽しめない無数のことをさせてくれることにある。歌う。泳ぐ。恋をする…。それは、自身もしだいに賢くなる種―ヒトという種―に属するものに開かれたチャンスだ。」つまり、仮に機械がヒトの仕事を奪ってしまっても、それは即座に機械がヒトそのものに取って代わることを意味するものではない、と。仕事がなくなったら余暇が増える、それで楽しいことをすればいいじゃないか、ということを言いたいのだ。

 この話題は、人間が自分にとって楽しいというものを再発見することに繋がる可能性があるのではないかと僕は思う。現代はプロテスタンティズムに激しく毒されている。「働かざるもの食うべからず」と本気で信じている。否、働かないで食う飯ほど旨いものなど無い。機械は道具だ。人間の生活を彩るバラだ。それでいいじゃないか。社畜などという言葉が跋扈する中、ワトソンはバラを見つけさせてくれる希望になるのじゃないか。ワトソンが僕らを救ってくれる第1歩とならんことを。

「私達はパンだけでなく、バラも求めよう。生きることはバラで飾られねばならない。」 ― ウィリアム・モリス